今日の仕事は楽しみですか? ~情報検閲と思考停止~
先日、品川駅のコンコースに表示された広告が“炎上”したというニュースをご存知だろうか?
炎上のきっかけとなったのは、広告を出稿した会社の社長がTwitterに投稿した1枚の画像だった。
このツイート画像を見た人たちから批判を浴びたらしい。
「見た人を傷つける」
「楽しみでなくても、しなくてはならない仕事があるのに」
「仕事は楽しみじゃなきゃいけないのか」
「つらくてもなんとか仕事を頑張っている人を傷つける言葉だ」
こういった批判を受けて、この企業は1日で出稿を取りやめたそうだ。
批判する人たちの気持ちはわからないでもないけど、一企業の広告に、そこまでムキになって反応するようなことかなぁと、僕は思う。
しかも、Twitter上でこれを批判した人たちは、実際に品川駅でこの広告を見たわけでもない。
ここ最近、こういったネット上の「声」が企業や行政を動かすケースをよく見かけるようになった。
オリンピック開会式の演出をめぐるゴタゴタも記憶に新しい。
もちろん、「ユーザーの声」や「国民の声」が企業や行政に届いて何らかの影響を与えることは素晴らしいことだけれど、最近よく目につくのはそのネガティブな側面だ。
「いじめ」と同じような構造になっていることも少なくない。
一部の過激な主張、しかも匿名で言いたい放題の主張が必要以上に取り上げられることで、逆に息苦しさが増している気がする。
それに加えて、YouTubeやTwitterをはじめとする大手SNSがコンテンツの検閲を始めたことも、すごく気持ち悪い。
「表現の自由」がジワジワと侵食されているように感じるからだ。
情報の検閲を行い、あらかじめ誰かが取捨選択したものしか受け取れないというのは、実に恐ろしいことだと僕は思う。
そして、情報の検閲をしようとする人たちには、「キミたち一般人は自分で善し悪しを判断できないだろうから、こっちで選んでおいてやるよ」という傲慢さも見え隠れする。
情報の検閲によって、人は「考える機会」「判断する機会」「行動する機会」を奪われることになる。
「今日の仕事は、楽しみですか?」
素晴らしい問いかけじゃないだろうか。
楽しく働いている人にとっても、楽しくない仕事をイヤイヤ続けている人にとっても、そんなこと考えたこともなかったよ、という人にとっても。
問いを受けて、内観し、振り返り、未来を考える。
その機会を奪わないでもらいたい。
取捨選択はこっちでしますので。
そこんとこ、ヨロシク!
それでは今日はこの辺で!
shivai !!
(誰もあなたの進む道を邪魔することはできない)
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