さあ、面白くなってきました。

考え方一つで、人生はどんどん楽しくなるね

「自分より上の存在」をつくらない。

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僕たちは知らず知らずのうちに「自分より上の存在」をつくってしまいがちだと思う。

それが会社であれ、学校であれ、趣味のサークルであれ何であれ、何らかの組織に所属している人は、その組織のトップや指導的な立場にある人を「自分より上の人」として認識してしまうのはよくあることだよね。

それだけじゃなくて、自分の感情を大きく動かすような人に出会ったり、凄いメソッドやマインドを持っている人に出会うと、その人をリスペクトするだけではなくて崇拝するような気持になってしまうことも多い。

 

あとは、もともと宗教を信じている人は、当然ながら「神」的な存在を崇拝していると思う。

 

いずれにしても、僕は、「自分より上の存在」をつくることはやめたほうがいいと思うんだよね。
それが神であろうと、社長であろうと、師であろうと、リーダーであろうと。

なぜかというと、自分の中で「自分より上の存在」をつくった瞬間に、自分はその存在の下になっちゃうから。
で、自分が何かの「下」になると、その存在に比べて自分は「無力」な存在になっちゃうと同時に、相手に主導権を奪われることになる。

主導権を奪われるということは、“他人軸で生きる”ことになり、自分の人生を生きられれなくなるということだと思うの。

他人軸で生きると、常に恐怖と隣り合わせになって、「自分より上の存在」に忖度したり、媚びてお世辞を言ったりとかとか、良くないことが始まっちゃうんだよ。
そしてどんどんストレスが溜まってきて、無力感から病気になったり、そのうち逆に怒りが生まれたりもする。

だから、「自分より上の存在」をつくらないということは本当に大事。

仮に相手のほうから「自分より上の存在」であることを強制してきたとしても、それを受け入れるかどうかを決めるのは自分なんだ。
だから、そんな人がいたとしても、「ああそうですかー。でも、僕は別にあなたのことを上の存在だとは思ってないので~。ごめんねー。」って、心の中で思っておけばいいんだよ。(笑)

 

ただ、そうは言っても、ついつい誰かを上に位置付けてしまったり、何かを崇拝してしまうこともあるよね。

そんなときのための効果的な方法、ノーベル賞もののメソッドを僕が発見したので(笑)みんなにシェアするね。


それは、その対象を「君(クン)づけ」して呼ぶこと。

 

神だろうが、偉人だろうが、社長だろうが、先生だろうが、先輩だろうが、心の中で「○○クン」って呼ぶの。

「○○クン」って呼んだ瞬間に対等の関係になるからね。

僕が好きなスピリチュアルの世界では、本来、宇宙のあらゆる存在は一つなんだっていうことが言われていてね。
神だろうと偉人だろうと石ころだろうと鉛筆だろうと、すべてのものはもともと一つだっていう考え方だから、その意味で言うと、すべてが対等な関係というのは本来そういうものなんだろうと思う。


あ。話がちょっと変わっちゃうけど、臨済宗を開いた臨済クンがこんなことを言ってたのを思い出した。

仏に逢うては仏を殺し
祖に逢うては祖を殺し
羅漢に逢うては羅漢を殺し
父母に逢うては父母を殺し
親眷に逢うては親眷を殺し
始めて解脱を得ん

僕はこの言葉を、たしか「ブッダに会ったら殺せ」っていう本のタイトルから知ったんだけど、初めて見たときはさすがに衝撃を受けたね。
だって、ブッダを殺せって言ってるんだよ、あのブッダを。(笑)

もちろん、この言葉は単なる比喩で、当然ながら殺人を勧めてるわけではないんだけどね。

結局、臨済クンが言いたかったことは何かというと、自分が権威を感じてしまう対象、自分が思わずその言葉に従ってしまうような対象は断固否定して、自分の主体性を大事にしなさいということだと思う。

つまり、「自分より上の存在」をつくらないっていうことだよね。

言ってることは同じだけど、臨済クンの過激さに比べたら、僕が言う「君(クン)づけ」なんてかわいいもんだよなぁって、今書きながら改めて思った。(笑)


てことで、今回は「自分より上の存在」をつくらないっていうことについて書いたんだけど、もう一つ、「自分より下の存在をつくらない」ということも大事だと思うの。

そのことはまた次回書くね~。